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外資系経理マンのページ

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小説(13)

経理にはルールがある。それは、会計基準であり、日本の場合は税法、商法が、会計原則にからみあう。ルールは赤、青といった信号機のように明確なところもあるが、企業サイドの選択で動かせる部分も多く、恣意的な要素も経理判断にははいりこむ場合が、ないではない。
 しかし、売り上げの水増しは、それ以前の話。会計基準がどうこうというレベルの話ではない。これが、公開会社であれば、投資家を裏切ったことにほかならない。投資家が、かりに100万円でその会社の株を買ったとする。この100万円は会社にとって借金ではないから、返す必要はない。しかし、投曽家は100万円が増えると思うからお金を出している。その会社が100万円をふやすべく利益をあげてくれる、と思えばこそ投資する。もうからないとなれば、そのお金を引き上げるだけだ。そうなると公開会社だと、資本、つまりかえさなくていいお金は減り、結果、 公開会社だと株価は下がる。そこで、売上げの水増しをすれば、投資家に対する裏切りになる。
 アンテラジャパンは公開会社ではない。しかし、予算が達成したと親会社に報告したい。そのための売上げの水増し。これによって、深田は日本というか自分の存在を大きく誇示したかった。プライドもあったかもしれない。それが、逆にアンテラの体力を奪っている事にこのとき深田は気付いていなかった(外資トップは、けっこう日本のマーケットの特異さに理解のない親会社とのバトルで明け暮れる場合が多い)。
 その日、安藤、赤城、松田そしてITの愛川の四人で決算終了の打ち上げをした。蒲田駅近くの居酒屋で、畳敷きのスペースをあらかじめ赤城がおさえていた。
蒲田には昭和40年代といっていい雰囲気をもった歓楽街があり、その店は、駅まで続くその通りのちょうどまん中あたりにあった。

 松田には打ち上げと言っても、決算の実感などもうとうなかった。入社したのは、表の決算が終わったあとで、ひたすら裏決算のニセ証憑作りをし続けた以外、なにもやっていないからだ。
安藤と赤城は、いつになく饒舌であったが、不思議な事に決算のはなしであるとか、深田の話はひとこともでなかった。
「団体交渉は、うまくいきますかね」
唯一、松田が安藤に聞いたときも、だまってセブンスターをくゆらせて、さっきまでの饒舌がうそのように、天井にむかって紫煙をふきかけるだけであった。そして、
「天のみぞ知る、さ、松田さん、飲みましょうよ」
と 安藤にかわって赤城が答える。でも、どうして赤城は松田の質問をはぐらかすのだろうか?

 そこへエリンギバター焼きが、テーブルに運ばれてきた。エリンギにバターをすりつけると、バターのいい香りが食欲をそそった。箸で小さくわけると、口にはこんだ。
「おいしそうに食べるね。すきなのか?」
安藤が聞いた。
「けっこう好物ですね。居酒屋ではかならず頼みますよ」

 金曜日の夜。週末あけたら団交。団交の行方は この時松田は知る由もない。また 安藤の描くシナリオもまた知る由もない。


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